食への考えが一周回って、辿り着いた結論

「食ってなんだろう」

ここ数ヶ月、友人や発酵教室のご参加メンバーと「食」についてよく話す機会が増え、自分自身、何をどうしたいのか?を考えることが増え、その考えが周りに回り、結局これだな。という結論がやっと出ました。

結論
「好きなものは好きなだけ食べ、食べたものを出せる身体になること」

(いきなりの結論です!)

 

これ、発酵教室を開催した当初からお話していることでしたが、本人すっかり忘れてましたね(不甲斐ない)。

私自身、色々と自分自身にこだわりや制限を設けすぎてしまい、大事なことが見えなくなり、視野が狭くなってしまってました!(あー、もう本当に不甲斐ない)
そして「食」という迷路にしばらく迷い込んでおりました。

こだわりを持つことってとても大事だし、軸もできるので、大切にしていきたいのですが、私の場合、ちょっと暴走しすぎましたね・・・

結局そのこだわりが、自分自身を苦しめる結果に繋がり、「食」や「発酵」というものに定義をつけたくなり、肯定や否定などといったジャッジを加えることになってしまったのです。

 

気づきのきっかけとなる言葉

もともと私が発酵教室を始めたきっかけは、発酵食品というよりも「発酵」という大きな世界全体を多くの方に知ってもらいたいという思いがあります。

「発酵」は食品以外に、産業や医療といった私たちの暮らしにとって重要な役割を果たしているのです。

最近の世の中の流れから「添加物は悪」とされがちですが、実際のところ発酵の歴史を辿ると、複雑な思いが馳せられます。
一つ「アミノ酸」の例を出すと、大量生産される「アミノ酸」という添加物が研究されたのは、戦後欧米人に比べ、日本人の体格が小さく、少しでも体位向上の為に発酵法を用い、アミノ酸研究を軌道に乗せたということなんですよね。
※アミノ酸が作るタンパク質は体を作るのに欠かせないという理由からです。

これってね、現代では子供のために、添加物を摂取したくない(体のために)という親御さんの想いも同じだと思うんです。

日本人の体格をよくしたいという想いがすごい研究結果を残したということで、正直なところ私はとても複雑な気持ちだったりするんですよね。

言うなれば、「時代」が違うだけで、考え方が大きく変わってるということなんですもん。

そんなことを発酵教室で語っているにも関わらず、不甲斐ない私は自分でこだわりを作り、自分で勝手に苦しんでいたのですが、先日、お教室にきて下さる方に「この話を聞いてすごく楽になったんですよ〜。」と言われ、自分も楽になったというお話でした笑(これは本当思考の便秘でしたね)。

最終結論

それぞれの人の考えがあり、情報も簡単に入手できる現代では、いろいろな食のスタイルを実践できます。

しかしね、タイの田舎町に住んでいた私にとって、食べたいものがコンビニやスーパーで普通に買え、食べられるって本当にすごい豊かな国に生まれたことに常々感謝しています。

先進国に生をなしたからこそ、食のスタイルを選択できるわけであって、一日一食も食べられない人も世界中にいるという事実も忘れてはいけません。

そして「美味しい!」と感じられることが何よりも一番大切であり、身体もその「美味しい」というエネルギーをたっぷりと受け入れてくれるのではないでしょうか。

色々話はぶっ飛んでしまいましたが、なんだかんだ、私の口癖でもある「足るを知る」これが最終結論として、本日のボヤキは終了とさせていただきます。

ご静聴ありがとうございました笑

 

<実録!>カラダ改革が起こった食生活

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